日本での外国為替証拠金取引の歴史
1944年のブレトンウッズ協定に基づき、1949年外国為替相場が1ドル=360円(固定相場制)とされたのが始まりで、その後スミソニアン会議を経て固定相場制が約24年間維持され、1973年より変動相場制を導入した。1980年外国為替及び外国貿易管理法(改正外為法)施行では貿易等に関する為替取引は例外的に認められていたが、外国との為替取引を個人投資家が行うことが原則禁止されていた。
その後、1998年4月の『外為法』の外国為替及び外国貿易法(新改正外為法)の改正により、それまで銀行や機関投資家、大企業が『独占』していた金融・資本市場の活性化を図る目的で外国為替管理制度を抜本的に見直し、内外資本取引をほぼ完全自由化とし、誰でも自由に為替の取引を行うことが可能となった。
インターバンク市場(銀行間市場)で行われている取引単位『100万ドル』の外国為替取引を、一般の投資家であれば誰でも参加可能な取引単位を『1万ドル』へ小口化し、それを10万円程度の担保資金(証拠金)で行えるようにした金融商品として外国為替証拠金取引(FX)が誕生した。
外国為替取引の歴史
| 1880年代 | アメリカとヨーロッパの主要国は、自国の通貨を金価格に固定(金本位制) |
| 1914年 |
ヨーロッパなどの国々が金本位制を中止する。 ペッグ制(固定相場制)を中断する。 |
| 1933年 | アメリカが金本位制を中断する。 |
| 1944年 |
ブレトンウッズ協定が締結され、ドルが国際(基軸)通貨となる。 金1オンス=35ドルと設定される。 |
| 1949年 |
日本で外国為替相場が1ドル=360円と定められる。 外国為替及び外国貿易管理法が施行される。 (対外取引を原則禁止) |
| 1952年 | 7月1日に東京外国為替市場が開設される。 |
| 1971年 |
8月15日のニクソンショックにより、金とドルの交換が停止される。 12月18日のスミソニアン会議により、1ドル=308円に切り上げられる。 ブレトンウッズ体制が崩壊する。 ドイツのマルクが変動相場制に移行する。 |
| 1973年 |
2月14日より円が変動相場制に移行される。 スミソニアン体制が崩壊する。 |
| 1976年 | 1月のキングストン合意により、変動相場制が正式承認される。 |
| 1978年 | 7月24日に東京市場で、1ドル=200円を割りこむ。 |
| 1979年 | 欧州通貨機構(ERM)、欧州通貨単位(ECV)が創設される。 |
| 1980年 | 外国為替及び外国貿易管理法(改正外為法)が施行され、原則対外取引が自由となる。 |
| 1985年 | 9月22日のプラザ合意により、円高ドル安へとすすむ。 |
| 1986年 | 9月30日に日本の海外資産が世界一になる。 |
| 1987年 |
2月22日にルーブル合意により、円高ドル安へ歯止めをかけようとすることで一致する。 10月19日にブラック・マンデーが発生する。 |
| 1989年 | 12月29日に日経平均株価の最高値が38,915円になる。 |
| 1994年 |
6月27日に東京市場で1ドル=100円を割りこむ。 12月21日に東京市場が市場時間制を撤廃する。 |
| 1995年 |
4月19日に東京市場で円が市場最高値の79円75銭を記録する。 8月2日に大蔵省(現財務省)が海外投融資促進対策を発表する。 (1ドル=96円台に回復) |
| 1998年 | 外国為替及び外国貿易法(新改正外為法)が施行され、対外取引が完全に自由となる。これに伴う規制緩和により、日本にて外国為替取引が可能になる。 |
| 1999年 | 1月に欧州各国の通貨がユーロに統合される。 |
| 2002年 | 1月1日にユーロの紙幣流通が始まる。 |
| 2005年 | 4月に日本にて金融先物取引法の一部を改正する法律が施行される。 |



